久しぶりの故郷そして被災地

もう先月の話になってしまいましたが、母親の七回忌のために東北方面に行ってまいりました。

久しぶりに家族や親戚の顔を見る事ができ、充実した楽しいひとときを過ごすことができました。

当日は季節はずれの大雪で、車の運転はヒヤヒヤでしたが、かえって情緒を増した世界文化遺産「平泉」を堪能できましたし、露天風呂から雪景色を味わう事ができたりと普段なかなかできない経験をさせてもらえました。

私の実家は海から遠く離れた内陸部にありますので、今では震災時の痕跡を探す事の方が難しく思います。

求人倍率も県下一の水準(1.5倍)なので、景気もそう悪くはないようですから、実家周辺にいる限りはここが被災地だったことを忘れてしまいそうな感覚になりました。

今回はセントレアから仙台空港までは飛行機で往復し、仙台から実家まではレンタカーで移動しました。

ご存知かとは思いますが、仙台空港は東日本大震災で津波に襲われて孤立し、何百人ものスタッフや利用客が数日間2階で過ごしたという所です。

仙台空港自体は復旧し、被災の面影を見つける事ができないくらいになっていましたが、一歩空港の外に出ると、廃屋のまま放置された飲食店や工場、ひん曲がったままの看板やオブジェなどが、そこかしこにありました。

帰途では、仙台空港近くの競技場のグラウンドに沢山の仮設住宅が並んでいることに気付きました。

震災の爪痕は未だに癒えていない現実を目の当たりにしました。

仙台空港からの帰りの便は、快晴の中、夜の福島県上空を飛行しました。

上空から夜景を楽しんでいると、海辺にポツンと一つ明るい灯りを発見しました。

しかし良く観察するとおかしな事に、その灯りから同心円状に真っ暗闇の地域が広がっています。

民家の灯りも、街灯も、車の灯りすらも無い真っ暗闇で、およそ人の生活の気配がしません。

「もしかしてこれは福島第一原発の灯りと、立ち入り制限区域では?」とピンと来ました。

上空から見るとホントにちっぽけな原子力発電所の灯りなのに、その事故の影響を受けている地域の広大さと言ったら…。

震災前にはここら辺にドライブ旅行に行った事があります。

私の中では、美しい海と緑に囲まれた、自然豊かな明るく温暖な所というイメージの地域です。

ここで生活を営んでいた人たちの気持ちに思いを馳せたら、やりきれない気持ちになってしまいました。

何もできていない自分に歯痒さと、情けなさを感じてしまいました。

最近「ベースロード電源」とか言う怪しげな言葉が出てきましたね。

聞き慣れない横文字を登場させる時は、必ずと言っていいほど物事の本質を隠したい時なんですよね。本当に被災者の思いに寄り添っていると言えるのでしょうか?


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