法則を味方に

ここ十数年、様々な習い事や自己啓発型のワークショップなどが大流行りなのは皆様ご存知のとおりだと思います。
時間的に、経済的に、そして心理的に日本人に余裕ができてきた証だと思います。

私も今までに様々な学びの場に参加したことがあります。
スポーツ系、武闘系、自己啓発系、マネジメント系、スキルアップ系…等々。
その一つ一つは当時の自分にはとても役に立ちましたし、そこで学んだ事柄は今の自分を形作る重要なパーツとなっています。

しかしながらこういった学びは、時期が来るとよく言えば充足感、正直に言うと飽きてきてしまう時がやってきます。
まあその場から遠ざかれば、あとはスッキリ足を洗うこともできますし、学んだことを活かさなくてもそれはそれで済んでしまいます。

ところが霊的真理の学びはそうはいきません。
霊的真理を学ぶとは、換言すれば世の中の法則を学ぶことであります。
法則ですので、ある方が学びの場から去ったとしても、法則はその方に付いて回るのです。

私が初めてスピリチュアリズムを通して霊的真理を学んだ頃は、学ぶ喜びや知る喜びが大きかったものの、同時に法則の厳しさや学んだことの責任も痛感しました。
中にはその厳しさを直視できずに学びの場から離れていった仲間もいましたが、よくよく考えてみると、霊的真理の学びをやめたからといって、法則から免れることは誰にもできないことだと気づきました。
であるなら、いっそ学びを極めてやろうとふつふつと闘志が湧いてきた記憶があります。

あの時に食らいついていたおかげで、今では随分とこの世を生きることが楽になりました。
法則を知り、その法則に沿った人生を歩む努力をすれば、こんな境地が待っていたんですね。
こんな境地を一人でも多くの方に是非体験していただきたいと願っています。

これまで多くの方に霊的真理のお話をさせていただいてきました。
ぜひ法則(霊的真理)が味方になるまで学び続けていただきたいと願っています。