諦める

壮年期が過ぎて中年期に入ってくると、肉体的な衰えを否応なしに感じるようになります。

一日はあっという間に過ぎていきますが、その一日はかつての一日とは違い、やれたことの量が減っているような気がします。
要は思考や動作がスローになってしまったということでしょう。

頭には白いものが目立ち始め…、近くの小さなものが見えにくくなり…、体の不調や傷なども治るのに時間がかかり…と、まさか自分がこんな風になってしまうとは若い頃には思いもしませんでした。
時間を戻すことはできないですし、外面的な若さを追い求めても所詮限界があります。

先日ある方のセッション中にメッセージが届きました。
「歳をとるということはいろいろなことを諦めることです」
「諦めることが謙虚さを生み、謙虚さが執着から離れることをもたらし、執着を離れることが自分自身を自由にします」
「諦めることで人間としての本分は何かということがわかります」と。

諦めることイコール投げ出すという意味ではないようです。
「歳をとる」ということは、この世的なものに執着をしている自分自身を見直すために与えられた霊界からのありがたい配慮と言えるかもしれません。

現実は受け入れるしかないですね。
事実、いい意味での諦めの境地で自分自身や身の回りを見直してみると、それだけで心が解放されるような楽な気持ちになることができます。
おかげで、自分が若くモテた頃の外見を引きずったり、見た目の若さに執着して周囲に痛々しさを与える老人にならないで済みそうです。
メッセージをくださった御人に感謝ですね。


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