赦し

様々な人間関係の中で生かされている私達。
時には嫌な目にあったり、非難されたり、攻撃されたりすることがあります。

成長した意識体は、そのようなことがあったとしても因果律に帰して内観し、時間がかかっても最後には相手を赦すことができるものです。

さて、赦すとは何でしょう?
それはその相手と仲良くなろうとしたり、施しを与えたりするようなことではありません。
表面的にそのようなことができたとしても、意識が本当に赦していなければ赦したことにはならないのです。

人間関係上や社会上、その相手とは距離をとらざるを得なくなる場合もあるでしょう。
また我々不完全な人間である以上、その相手を嫌う感情は消せないかもしれません。
そんな状況の中においても、相手のことを思ったり考えたりしても心にさざ波が立たなくなり、相手の成長や幸せをそっと祈ることができるようになった時、やっと赦したことになるのです。


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