男と女

昨年末、久しぶりに来院された男性クライアント(C)さんとの会話。

C:「男性より、 女性のほうが情緒的な振幅が激しいのではないでしょうか?」

私:「私が今までに治療した感覚では、男女差は無いように思いますよ。」

C:「でも、楽しいとか、落ち込んでいるとか、怒っているとかは女性のほうが(外からみて)わかりやすいと思いますけど。」

私:「たぶんそれは、振幅そのものというよりも表現の仕方の男女差だと思いますよ。」

C:「……。そっか、そういえば男は内に籠めてしまう人が多いですね。見ててかわいそうになってしまうことがある…。」

生きている限り様々な出来事がありますから、誰しも情緒的、感情的な振幅はあるものです。
人によって振幅の揺れの大きな人もいればそうでない人もいますが、男女差では無いように思います。

実際、このクライアントさんの言うように「男は黙って…」みたいな価値観は洋の東西を問わず、この社会を覆っています。
現在の日本の中高年男性は、寡黙でいることや感情を表に出さないことを美徳として育ってきた世代と推察します。
最近の日本の自殺者統計を見ると、男性のほうが圧倒的に多いというのも、悩みやストレスを上手に表出できない性が原因の一端なのではないでしょうか。

私たちは慣習、風習、教育、宗教、報道等によって、ある行動パターンや思考パターンを知らず知らずのうちに身に着けてしまっています。
多くはこの世を生き抜くために大切で必要なことです。

しかし自国では常識でも、外国では無価値どころか非常識になってしまうものさえあります。
無批判に受け入れてきてしまった”常識”というものを疑ってみることは、自分自身を悩みという呪縛から解放するきっかけになることがあります。

振幅の大きさそのものについていえば、スピリチュアルヒーリングを重ね、霊的真理の学びが深まるにつれて、少しずつ落ち着いてくるようです。

自分を客観的に見つめる作業と、意識体(霊、魂)を活性化させることは心に平和を取り戻す両輪となるものでしょう。

満10年

あけましておめでとうございます。

今秋、ヒーリングサンクチュアリ・ソフィアは開業満10年を迎えます。
この間たくさんの方々に有形無形にご支援をいただきました。
本当にありがとうございます。
それを記念してというわけではないのですが、ブログを始めてみることにしました。

この十数年で日本では霊的な事項を扱う環境は大きく変わりました。
○○真理教や統一○○等の新興宗教が社会問題化していた頃に、私はスピリチュアリズムに出会いました。
開業準備をしていた頃は、サリン事件の余韻をひきずり、霊的な事をおおっぴらに話すことはためらわれる時期でした。
その後江原啓之氏の登場で、スピリチュアルという言葉が一般化し、日本人の霊的なものに対する敷居はかなり低くなりました。

反面、敷居が低くなったことで、スピリチュアルという言葉は事実を隠してしまう便利な言葉になってしまう面も現れてきました。
単なる占い、祈祷、磁器療法、行動科学などにスピリチュアル何とかと名前をつけて、一般受けを狙っているもののなんと多いことでしょう。
スピリチュアルという言葉の持つ本質が見えにくくなってきていることは、本当に残念なことです。

私がお手本とする英国のThe Harry Edwards Healing Sanctuaryでは、ハリーが存命中の時からThe Healerという季刊誌を発行しています。
世界中に読者を抱え、スピリチュアリズムの啓蒙に一定の貢献を果たしています。
同様に私が体験したことをウェブ上でシェアすることで、微力ですが何かしらの貢献ができるのではないかと考えました。

更新の目標は月に2,3度。
気負わず、気長にゆる~い感じで続けて行きたいと思います。