一生勉強 一生青春

今日から5月、私事ですが5月は一連のワークショップが区切りを迎える月でもあります。
おかげさまをもちまして、今月も何名かの卒業生を送り出せる見込みです。
皆さま3年間毎月熱心に通われて、共に学び、自分自身と向き合い、それぞれの方がそれぞれの日常生活で違いを作ってこられました。
ただ、形式的に「卒業」と表現はしていますが、本当に学びを卒業できるわけではありません。
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迷子

ぬるま湯の学生時代が終わり、社会という荒波に放り出された頃から私は迷い始めていた。
いや正確には迷っていたことにさえ気づいていなかった。
ただ日常生活に漠然とした物足りなさを感じながら日々を過ごしていた。少し背伸びをしてみた。
酒、タバコ、麻雀、パチンコ、カラオケ…、周りの大人たちがやっていることを真似して大人風に振る舞ってみた。
一通り体験したみたけれどすぐに飽きた。
人生の時間の浪費としか感じられなかったから。

体を動かすことなら健康的かなと考えて、テニスやゴルフなんかにも手を出してみた。
そこそこ人並みにプレーできるようになると、これもまた放り出してしまった。
これを突き詰めたところで、自分に何が残るのかと疑問が生じてしまったから。

やはり勉強が大切だよなぁと思い直し、タメになりそうな勉強会やらセミナーやらに手当たり次第に参加した。
当時社会問題にもなった自己啓発系セミナーも体験してみたし、マネジメント系も体験した。
成績が良かったらしく、講師の目に止まるほどの存在になることができて、講師や受講者仲間からチヤホヤされた。
ちょっと自分に自信がついた。

そんな時期、ある問題が生じた。
自分の人生や自分の存在意義を考えさせられる、人間としての根源的な問題。
散々時間と金を投資したそれらの勉強から得た知識では、生じたその問題を解決するヒントにすらならないという現実を突きつけられた。
今まで私が成果を出してきた場はセミナーや勉強会の内輪の中でのことで、現実にある課題には何一つ手をつけずそのまま放置していたことに気づいた。
今まで築き上げてきた価値観が音を立てて崩れていった。
こうしてセミナーや勉強会からも足が遠のいた。

悶々とした日々を過ごしていたある日、霊的真理に出会った。
いままで迷ってきていたことの本質がわかった。
心が晴れやかになっていく感触があった。
生じたその問題に取り組むという意欲が湧いた。
苦労はあっても日々の生活が生き生きした充実したものへと変わっていった。
霊的真理は私の救いになり、いつの日にかこれを他の人に伝えることができるようになれば良いなとおぼろげに思った。

私が霊的真理を学ぶキッカケとなったのは、本物のスピリットヒーリングを体験したこと。
言葉にできないあの感覚が魂の琴線に触れ、私の内部に眠っていた霊性に火をつけた。

霊的な体験は霊的真理を伝えるキッカケを創るためのもの。
霊界通信ごっこや癒しごっこをして、キャッキャっと内輪で盛り上がるためのものではない。
霊的現象の裏側に秘められた高尚な使命が霊的能力者には求められている。
これを忘れると大きなしっぺ返しが待っている。

今でも迷うことはあるが、以前の様な出口の無い迷いとは違う。
かつての自分のように出口の無い迷いの中にいる人のために、自分の経験がほんの少しでもチカラになることができたとしたら、こんなに幸せなことは無い。
チカラになることができた方がたったの一人だけだったとしても、人生でこれほど価値のあることはないと思う。

師からの褒め言葉

写真は 西研究所ホームページ (http://www.nishiken.jp) より


先日18年振りに西順一郎先生にお会いしました。
西先生は私にスピリチュアリズムというものの存在を教えてくれた方です。

霊感体質だった私は、それまでにも霊的なものを割りとすんなりと受け入れてきてはいましたが、スピリチュアリズムについては宗教的な胡散臭さが全く感じられず、当時「これは本物!」と直感が働いた記憶があります。

実践的な経営や会計の勉強をしたくて、西先生の追っかけのようなことをしていましたが、スピリチュアリズムを学ぶにつれて私の心は少しずつそちらの方に傾いて行ってしまいました。
気が付けば現在のような状態に…。

西先生に対しては、MGを究めるところまでいかずに離れてしまったことを申し訳なく思いつつも、現在の仕事のきっかけを作っていただいた方なのでとても感謝しています。
こうやって感謝できるのも、今、幸せを感じながら暮らしているからこそ…。
ありがとうございます。

久しぶりに会った西先生からは、「変わってないね~、大先生になってどんなんなったかと思ってたのに…」とおっしゃっていただきました。
こういう仕事をされている方の中には、虚勢を張ったり、天狗になってしまう方が時々見受けられます。

「普通でいること」を常に心がけている私にとって、師匠からの「変わってないね~」は最高の褒め言葉なのです。
ありがとうございました。

頭と体のバランス

知的事務的労働の多い方は、休日にはスポーツ等で身体を動かしましょう。
肉体的労働の多い方は、休日は読書等でゆっくり過ごすのがお勧めです。
これは、肉体と精神のバランスを適正に保って健康を維持しましょう、という最近の医学的な定説です。

今年の春は中高生のクライアント様を治療させていただく機会がよくありましたが、最近の中高生の傾向なのでしょうか、この肉体と精神のバランスが上手くいってないパターンが多く見受けられました。

そのほとんどがいわゆる「頭でっかち」の状態です。
別の言い方をすると「運動不足、発散不足」。

学生の頃はただでさえ学校の勉強で知的な部分にエネルギーを良く使います。
結果として、首から下の部分のエネルギーの循環が悪くなるのですが、放っておいてもスポーツや運動がそれを解消するように働きます。

10代の頃は血気盛んな時期ですので、普通はじっとしていられなくて勝手に身体を動かす方向に向かうはずなのですが、最近の10代はちょっと違うようです。
聞くと、空き時間には、テレビゲーム・携帯メール・パソコンでの動画鑑賞等をして過ごしている子が多く、運動は体育の授業だけという話…。
これでは「脳」の一部がオーバーワークになってしまいます。

必要な「知」の部分をおろそかにして、スポーツばかりしている、あるいはさせているのも人間的なバランスを欠いていると思いますが、本来身体を動かすべき時期にそれをしないのも問題ありです。

心療内科的な疾患が増えている現代ですが、その種は幼少期や学童期に撒かれているのかもしれません。

普通が幸せ

先週のとある日、遠くにお嫁に行かれたクライアント様が、里帰りのついでに SOPHIA にお顔を出してくださいました。
約3年ぶりの再会でしたが、その胸には1才ちょっとになる可愛い娘さんが抱かれていました。

お嫁に行かれる前は定期的に当院で治療をしていただき、その上山本貞彰先生の勉強会(確か年間を通じて開催されていた頃のほぼ最後の年だと思います)にも通い、さらにUKツアーにまで行かれた、なかなか熱心な方です。

治療を通じて定期的にお会いしておりましたので、彼女が仕事のこと、ご自身や家族の健康のことで大変な苦労をされていたことを記憶しております。
当時の彼女が置かれた状況は、「この先どうなるのだろうか」と私自身も心配してしまった位のものでした。
しかしながら3年ぶりの再会は、そんな心配が杞憂であったことを証明してくれました。

娘さんを連れた彼女の顔は輝いており、幸せオーラをキラキラと振りまいていらっしゃいました。
何だかこちらまでほんわかした暖かい雰囲気に包まれて…。
あの時の苦労があればこそ、普通に家庭を持つことの幸せを噛みしめることができていらっしゃるのでしょう。

「若い時の苦労は買ってでもしろ」と昔から言います。
苦難の最中は五里霧中・無我夢中でも、きっと後からそれが報われるときが来るようです。